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スティーヴ・エリクソン『アムニジアスコープ』
・スティーヴ・エリクソン『アムニジアスコープ』(集英社)
敬愛するアメリカ作家エリクソンの最新邦訳長篇小説。本書はまず前提として、「エッセイ小説でありコメディーとして読まなければならない」ことが肝要である。
語り手〈私〉がほぼエリクソンその人であり、「大震災によって崩壊し孤立したLA」という設定がほとんど生かされず(わざと)、作中にマイケル・ヴェンチュラやウィリアム・ギブスンを登場させていることからしても、エリクソンはこの小説を「実生活のパロディー」として描いた節が見える(解説の「自伝的要素が強い」というよりも)。
確かに『黒い時計の旅』や『ルビコン・ビーチ』のごとき迫力はない。その代わり笑える。実際ぼくは声を上げて笑った箇所がいくつもあった。キマジメに小説を読む人やエリクソンに迫力のみを求める熱心なファンには肩透かしを食わされた感があるだろうが、ぼくは逆に「エリクソンにこんな優れたユーモアのセンスがあったのか」と驚き、うきうき楽しくなったくらいだ。
なのでこの本の値段の高さはさらに頭にきた。軽装版にして1500円くらいですいすい読むべき小説なのに。なんで集英社の単行本はこうも高いのか。帯の「現代アメリカ文学の最重要作品」というハッタリもそぐわないなあ。
しかし最後はやはりエリクソンとして締める。『マラーの死』のアイディアは素晴らしい(バラードの『女たちの優しさ』にちょっと似てるけど)。自己を戯画化し、小説家として巻きなおしを図る、という意味でも実にいいラストだった。ノンフィクション「ということになっている」、次作『アメリカン・ノマド』、読みたくなったぞ。
☆☆☆☆2005年10月27日読了
敬愛するアメリカ作家エリクソンの最新邦訳長篇小説。本書はまず前提として、「エッセイ小説でありコメディーとして読まなければならない」ことが肝要である。
語り手〈私〉がほぼエリクソンその人であり、「大震災によって崩壊し孤立したLA」という設定がほとんど生かされず(わざと)、作中にマイケル・ヴェンチュラやウィリアム・ギブスンを登場させていることからしても、エリクソンはこの小説を「実生活のパロディー」として描いた節が見える(解説の「自伝的要素が強い」というよりも)。
確かに『黒い時計の旅』や『ルビコン・ビーチ』のごとき迫力はない。その代わり笑える。実際ぼくは声を上げて笑った箇所がいくつもあった。キマジメに小説を読む人やエリクソンに迫力のみを求める熱心なファンには肩透かしを食わされた感があるだろうが、ぼくは逆に「エリクソンにこんな優れたユーモアのセンスがあったのか」と驚き、うきうき楽しくなったくらいだ。
なのでこの本の値段の高さはさらに頭にきた。軽装版にして1500円くらいですいすい読むべき小説なのに。なんで集英社の単行本はこうも高いのか。帯の「現代アメリカ文学の最重要作品」というハッタリもそぐわないなあ。
しかし最後はやはりエリクソンとして締める。『マラーの死』のアイディアは素晴らしい(バラードの『女たちの優しさ』にちょっと似てるけど)。自己を戯画化し、小説家として巻きなおしを図る、という意味でも実にいいラストだった。ノンフィクション「ということになっている」、次作『アメリカン・ノマド』、読みたくなったぞ。
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